2012年5月28日月曜日

分離唱

当初、ブログを始めた頃は、せめて週に一度は投稿したい、と考えていた。ところが、暇をもてあますはずの高齢者であるにもかかわらず、意外にも一日があっという間に過ぎていくのである。季候がよくなったせいもあって、昨年は震災・原発事故に気が滅入り耕作を放棄していた菜園や庭仕事が忙しい上に、四月から新たにさいたま市の合唱団に参加することになり、来年に予定されている演奏会3ステージ分の曲をなんとか歌えるようにするため、ピアノを前に練習に明け暮れる毎日となった。

新たに加わった合唱団では、ボイストレーニングに続いて、分離唱とカデンツを丁寧に行う。分離唱を除けば、たぶんどの団体でも似たような練習の入り方だろう。この分離唱について、もしかするとあまり馴染みのない人も多いかもしれない。合唱のための音感指導の一種なのだが、器楽レッスンにも取り入れている指導者もおられるようだ。私自身は経験が浅いので、ここで詳細を述べることはできないが、きわめてシンプルな練習方法だ。
長三和音C,E,Gをピアノで同時に鳴らして,良く聞き取り、その中間のE音をピアノの和音に溶け込むように発声する。和音を良く聞くために、発声は p か mp が望ましい。さらに外側のC音、G音も同様に発声する。また、他の三和音でも同様に行う。もちろん個人で出来る練習だが、集団の場合にはピアノの音だけでなく、他のメンバーの声にも耳をひらくことになる。ボイストレーニングが発声器官のトレーニングに対して、分離唱は発声よりも耳の訓練と言える。特に合唱や器楽アンサンブルに必要な和音感を育てる訓練方法だ。

この分離唱のトレーニングを、今から半世紀ほど前の学生の頃、当時所属する合唱団に就任したばかりの若き合唱指導者増田順平先生から施された。私自身は2年足らずで団を離れたので、その成果を実感することなく最近まで忘れていたのであるが、このたび増田先生が元気に指導されていることを知り、その合唱団に参加したところ、50年前と同様、分離唱から練習が始まり、懐かしさがこみ上げてきた。

分離唱は増田先生の専売特許ではない。元々、佐々木基之が唱導した指導法で、アカデミーの世界では黙殺乃至軽視されてきたように見える。というのも、彼の著作は再販されることなく、今では入手が困難である。もしかすると初等・中等の音楽教育ではある程度認知されているのかもしれない。

増田先生からまだその詳細を聞いていないが、先生が分離唱に出会うのは、出身校の山形県立山形南高等学校時代で、当時男声合唱団を指導していた森山三郎を介してものだったようである。かなり高いレベルにあったといわれるこの男声合唱団のOBが、卒業生の増田順平先生を指揮者に迎え、山形南高校OB合唱団創立60周年の記念演奏会を昨年開いている。今も山形南高校にこの立派な男声合唱団の伝統が生きているのだろうか。

分離唱は和音感を養うわけだが、他者の発唱に耳をひらくことにつながる。佐々木基之の著書も『耳をひらく』と題する。以前に書いたように、アンサンブルでは徹底して他者に耳をひらく必要がある。合唱において「聞き合うこと」が強調されるように、ハーモニーはこの「耳をひらくこと」無くして成り立たない。自己主張の強い発声では集団カラオケになりかねない。

以前、合唱におけるヴィブラートについて書いたが、増田先生の指導ではしばしば、「ノンヴィブラートで」、「声を揺らさないで」と指示が出る。歌う本人にはこの気持ちがよいヴィブラートが、時には美しいハーモニーを損なう。分離唱はヴィブラートを極力抑える訓練にもつながるように思う。