2013年11月4日月曜日

ウイグルについて再び話そう


筆者のウイグルへの関心は、ウイグルからやって来た留学生にボランティアで日本語を教えたことがきっかけだ。それ以前のウイグルに関する知識は乏しく、せいぜい言語がチュルク語系であること、中国政府が抑圧的な政策をとっていること、一年間滞在した知人の話から親日的で美人が多いこと、と言った程度であった。

留学生が語るウイグルの厳しい現実は生々しく、TVや購読している新聞で報道されることとは大違いであった。NHKの『シルクロード』はことのほか留学生には評判が悪かった。ウイグルの現実から目を背け、ロマンあふれる西域に脚色されている、と言うわけである。おそらく当時はTVにしろ,新聞にしろ取材には大きな制約があったのだろう。
北京オリンピック開催の年あたりから日本における中国報道も変わってきたように思う。中国政府にとって不都合なことも徐々に紙面やTV画面に出でるように変わってきた。それにより、留学生が話すウイグルの現実が決して誇張ではないことが裏付けられた。

当初留学生たちは人前でウイグルのことを語ることに慎重であった。臆病と言うべきかもしれない。筆者と二人きりなって初めて重い口をひらくものが多かった。密告を恐れているのである。筆者も留学生たちに害が及ばないよう、言動には気をつけてきた。
ベルリーンの壁崩壊前の東ドイツがそうで、市民たちは人前では決して政治を口にしなかったものだ。
東ドイツではシュタージ(Stasi:Ministerium für Staatssicheit国家保安省)と呼ばれる秘密警察・諜報機関があって、市民を監視していた。正規の職員の他に、市民の中に「協力者」がいて、密告が奨励されていた。専制体制ではどこでもよく見られる光景である。
共産党が国家を主導する中国にも「共産党安全部」という組織があって、東ドイツのシュタージや旧ソ連のKGBとおなじ活動をしているのだろう。

あるウイグル人は日本人の友達と連れだってウイグルに帰省したとき、安全部の職員5,6名に連行され、10時間近く取り調べを受けたという。連れの日本人も4時間ほど拘束され,事情聴取を受けた。筆者から見てそのウイグル人はどう見ても金を稼ぐことに熱心で、日頃の言動から見ても全く非政治的な人物であった。本人は初めての経験だったらしく、「ほんとに怖かった」と述懐していた。

筆者は一度だけウイグルを旅行したが、その時案内してくれたウイグル人の知人は、筆者に「先生、ウイグルでは政治的なことは一切言わないでね。ガイドたちは安全部に全て報告するように求められているから」と念を押された。実際案内してくれたその知人も旅行中安全部から呼び出され、3時間ほど聴取を受けた。この知人も中国政府に反発するよりも、反抗的行動を取る同族のウイグル人や「世界ウイグル会議」の指導者ラビヤ・カーディル女史を「とばっちりを受ける」と言って、表向きかもしれないが、非難する人物であった。

ウイグルの治安維持には、この「安全部」の他、日本の警察にあたる「公安」、戦車など重火器を備える武装警察、さらには「生産建設兵団」と呼ばれる組織もあって、中国政府が大いに宣伝吹聴する“テロリスト集団”「東トルキスタン・イスラム運動」のつけいる隙間など無い。
散発的に起こる「テロ集団の組織的・計画的」なる襲撃事件を見ても、手にする武器はナイフなどの刃物程度。とても爆弾や重火器を調達できる環境にない。今回の天安門車両炎上事件がそうであるように、計画性もなく、組織的にも弱く、絶望を動機とする、自暴自棄的な「犯行」が実態である。

日常的にウイグル人を不安が覆う。身に覚えのない拘束。いつ拘束されるかわからない,拘束されれば拷問が待ち受けるかもしれない、家族とも連絡が付かないまま消されるかもしれない、そういう不安の中で暮らしている。2009年のウルムチ事件の時、デモ隊と公安、武装警察が衝突したとき、たまたま通勤の途上そこに居合わせただけで拘束されたものもいた。拘束されたものの中にはそのまま行方が分からないものが多数いる。
ウルムチ事件後しばらくは3人以上集まると拘束される恐れがある、と警戒された。1997年のグルジャ事件の際もウイグル人の集会が取り締まりの対象になったことがあったので、これが初めてではない。おそらく今回の事件以降、ウイグル人が集まることに中国公安当局は異常な警戒心を示すことで、威圧するのであろう。

あるウイグル人は北京に滞在したとき、部屋を取ろうとしたが、どのホテルでも断られた経験を持つ。明らかにウイグル人だと解っての拒絶だったという。
北京ではいつ頃のことか、「ウイグル人は盗みを働く」というデマが広がった。今回の車炎上事件に際しても、「ウイグル人は教育が無く、素行が悪く、言葉も出来ない」などという差別的な市民の声があった。留学生に聞いても、ウイグルでは窃盗事件が多発しているようには見えない。むしろ、ムスリムとして信仰心が篤いので、神を裏切る行動にはブレーキがかかるといってよい。
「ウイグル人は盗みを働く」というデマにはある背景があった。漢族によって誘拐されたり、騙されて北京に連れてこられたウイグル人の子どもたちが盗みを強要され、成長してからも生きる術なく盗みを働いたものが多数いたという。これはある漢族の研究者による調査報告によるものである。
「人さらい」は過去の話のように思う人が多いだろうが、2,3年ほど前にも中国で子どもが多数さらわれ、煉瓦作りの奴隷労働を強いられていたことがニュースになった。

ウイグル人に対する差別は日常的である。ウイグル自治区に進出した漢族企業は人員を採用するにあたって、漢族を雇用する。言語を理由に挙げるが、今日のウイグルの大学ではすべて中国語で教育が行われるので、大学卒なら中国語が出来るのでそれは理由にならない。運良く職を得られても、周りは漢族ばかり。あるウイグルの女性はあるとき、漢族上司から「特別なサービス」を求められ、それがいやでその職を離れたと言う。

近年ウルムチの新疆大学でウイグル人多数採用の話があり、色めき立ったが、募集は「公安(警察)」であった、という笑えない話がある。ウイグル族の取り締まりにウイグル人を当てるというわけである。
一時期に較べ、近年は大卒者の就職も若干好転していると聞くが、今後どうなるか。ウイグル人の起業が差別的な制約から少なく、また規模も小さいので、ウイグル族の不満は雇用問題に起因する面も大きい。休日でもないのに、日中何するわけでもなく街にたむろする大勢のウイグル族の若者たちが今も目に焼き付いている。

ウルムチは今はすっかり漢族の街になったと言っても過言ではない。ウイグル文化が濃厚であったカシュガルで、中心街の古い建物が次々に取り壊され、観光目的としか言いようのない建物が漢族資本によって建てられ、ウイグル人の憤懣を買っている。緑豊かなウイグル自治区北西地域ばかりでなく、パキスタンなどとの国境に近い南西地区にも漢族は進出しているのである。

旅行中、黒いベールで顔から体全体覆った女性が、カシュガルの街をバイクで疾駆する姿が目撃された。今はどうか。
イスラム教に限らず宗教を否定する共産党政権は、モスクに中国国旗を掲揚することを強制し、(アッラーよりまず中国共産党政権に敬意を示せ、という訳か)18才以下のモスク入りを禁じ、宗教指導者は共産党政権の息のかかった人物にすることを求め、ウイグル人たちの反感を買うことに精を出している。

習近平政権は、ウイグルに対して懐柔政策をとるのではないかとの淡い期待に反して、ウイグルに対する敵視政策を一段と推し進めているように見える。それだけ政権に余裕がないのだろう。
政権基盤が弱いだけでなく、中国経済が一頃の勢いが無くなり、300兆円にも上ると言われるシャドーバンクの負債爆弾が今後中国経済を奈落に落としかねない不安があるからでもある。
今国内を引き締めるのに異常と思えるほど毛沢東を引き合いに出していることからも、自信のなさが伺える。
この姿勢は日本にとっても人ごとではない。習政権は対外的にも今後一層強い姿勢を取らざる得ないからである。

中国政府がウイグル問題を根本的に解決し、安定的に自治区を統治するには、200万人漢族からなる「生産建設兵団」をはじめ、域内に住む漢族を内地に引き上げ、自治区のものは自治区に返し、自治区おける核兵器実験を完全に停止し、実験による被害者を救済し、ウイグル侵略を止めることだ。

もしこれが現実的な解決策でないとすれば、せめて、ウイグル敵視政策を即時廃止し、これ以上の漢族移民を停止し、企業や公的機関において少数民族の雇用を一定以上義務づけること、中国の憲法に謳っているとおり、教育において少数民族の言語と文化を守ること、宗教活動に政府が介入することを禁じること、これらのことは今日普遍的な政治原理になっていることばかりである。

これすら出来ないような国家は、われわれから見て全く異質な国と言わざるを得ない。

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