2013年9月24日火曜日

最大規模の合唱


千人交響曲、5千人の第九合唱など、大きいことは何とやらで、やたら規模を大きくしたがるのは人間の習性なのだろうか。
人数の多寡で言えば、スポーツイベントで、スタジアムで歌われる国歌やテーマソングなどは数万規模の合唱になる。アメリカ大リーグの試合途中で歌われる「私を野球に連れてって」の大合唱もよく知られたものの一つだ。

そんな中でおそらく最大規模のものは、スペイン バルセロナのスタジアム、カンプ・ノウでFCバルセロナ選手入場の際に歌われる大合唱だろう。カンプ・ノウの収容人数は99,000人を超える。宿敵レアル・マドリッドとの対戦カード、いわゆるクラシコともなれば超満員になり、そのほとんどはバルセロナファンであろうから、9万人を超える大合唱になる。
筆者はテレビで見るほか無いのだが、テレビ画面からもスタジアムの雰囲気が良く伝わる。

さて、そのリーガ・エスパニョーラ'13ー'14 シーズンが始まって1ヶ月が過ぎた。第5節が終わって、話題の新戦力もそろそろ自分の立ち位置が次第にはっきりしたことだろう。
このシーズン最大の話題はなんと言ってもバルセロナ加入のネイマールとレアル・マドリッドのベイルだろう。ネイマールの移籍金が約70億円、ベイルに至っては120億円とも聞く。ネイマールの移籍にあたっては、メッシとの共存に疑問も出されていたが、すでにメッシのゴールアシストを2回。チームにフィットしつつあるようだ。代わりにリーガ初得点を挙げられずにいる。彼のプレースタイルがファールを受けやすいので、今後怪我の心配はある。

一方、電撃的な開幕直前の移籍となったベイルだが、初戦で彼らしい得点を挙げ、順調な滑りだしと思われたところ、5節を前に怪我をしてしまった。幸い軽傷の模様だ。彼なしでも、第5節ヘタフェ戦は4対1の快勝。その層の厚さはさすがというほかない。昨シーズンの戦力から、エジル、カカー、イグアインが抜け、マルセロ、コエントラン、シャビ・アロンソを怪我で欠きながら、新たに加入した若い戦力の活躍で順調な滑り出しと言っていいだろう。21才以下欧州選手権でスペイン代表として活躍したイジャラメンディとイスコはレギュラーの座を獲得しつつある。レアルのカンテラ育ちのヴァラン、モラタ、カルバハル、ナチョなど、モウリーニョ時代自チームのカンテラ育ちをあまり使わなかったことと対照的だ。これら若手が使われ続けば、巨額の移籍金によるチームも変わっていくのかもしれない。自チームのカンテラ育ちを多くベンチに入れるバルセロナのチーム作りをレアルも取り入れようとしているのだろうか。テレビ放映権などマーケットとして世界を意識すれば、巨額の移籍金によるチーム作りが役立つだろうが、地元ファンの拡大のためには自らのカンテラ育ちを使う方が経営的にも安定するだろう。財政的にともに巨額でありながら、このところチーム作りが対照的であったバルセロナとレアル。今後も話題には事欠かない。

合唱にかこつけて、好きなスペインサッカーの話題でした。

合唱と健康


34年ほど前、かかりつけのお医者さんにコーラスをやっていると話したら、それは健康にいいから続けてください、といわれた。その時は、一般論として、この年になれば部屋に閉じこもってばかりいるより、人と交わり何か社会的なつながりを保てるようなことをやるのは悪いことではない、そのくらいに受け止めていた。

合唱を曲がりなりに続けて5年近くなるが、振り返ってみて降圧剤のための医者通いは続いているものの、その血圧もきわめて安定しているし、インフルエンザ、風邪にもかからず、おおむね体調は良好なまま暮らしてきた。

普段健康で体調がよいと、それが当たり前のように感じていて、それが何に依るのかあまり意識しないものだ。自分の体調管理がよいなどと自負してみるが、実際は家人のバランスのとれた食事作りや医者の健康管理のお陰であることはつい忘れがちだ。

この夏、1ヶ月間ほど家を離れ、札幌に滞在した。今夏の札幌は結構蒸し暑く、天気も変わりやすかったので、外出が少なかった。外出する時は外食になりがち。というより、外食のための外出。当然合唱も皆無。近隣の迷惑を考えて、鼻歌程度の練習しかできない。その結果、2週間ほど経つと、体が重く、腰もだるい。体重計にのると約2㎏増加。人生で最重量になっていた。医者から食事による体重管理と、運動を言い渡されていて、北海道ではせっせと歩いて2㎏減らします、と見得を切ってきたのに、このざまだ。

家に帰ってから2週間くらい経った頃から、腰の重さもとれ、ベルトの穴の位置も元に戻り、体も軽くなってきた。外食が無くなり、もとの合唱生活に戻ったせいであろう。

合唱指導の先生から、発声に絡む呼吸器の仕組みを記した欧文資料が配布され、それを訳しながら学んだことの一つは、平常時の静かな呼吸と、運動したり、歌う際の大きな呼吸とでは呼吸器を形成する様々な筋肉の使い方が異なるということだ。
こと呼吸器に関しては、歌うことは運動に匹敵する効用があると言うことだろう。

今年中学に入学した孫が、本来合唱をやりたがっていたが、部活に合唱部がないので、その代わりとして吹奏楽部を選んだ。小学生の時は風邪で休むことが多く、環境ががらりと変わる中学生活を心配したものだが、学校を一度も休むこともなく、ブラスバンドの練習にも欠かさず参加している。言うまでもないことだが、吹奏楽器も歌うことと同様の呼吸器の使い方によるので、健康維持に役だっているのだろう。

合唱の効能はいろいろあるだろうが、筆者にとっては呼吸器を鍛えて健康維持に役立つ簡便な方法だ。

運動が苦手な方、運動の機会のない方、健康のために合唱をしませんか。

2013年9月23日月曜日

ニッケルハルパ コンサート


今回は合唱とは無関係な話題。 宣伝を一つ。

来る10月6日(日)午後2時から、所有するミニホールでニッケルハルパのホームコンサートを開く。
ニッケルハルパといっても、皆さんの多くはご存じないかもしれない。かくいう筆者もこの度初めて知った。スウェーデンの民族楽器で、紙幣にも描かれているという。キーを押さえて弓で弾く有鍵フィドルといったところだ。この夏、偶然札幌の地下道で京都から来たグループによる演奏に出くわした。あまり大きな音は出なく、うちのホールには向いていそうだ。

奏者は浦和(さいたま市)在住の鎌倉和子さん。鎌倉さんはニッケルハルパの普及とスウェーデン文化の紹介のために、「日本ニッケルハルパ協会」を興し、会長を努めておられる。今回はご主人がアコーデオンを担当される。トークをまじえた2時間ほどの公演となる予定。詳細は「響き音楽院ホール」で検索してください。

ホールは住居をかねて8年ほど前に建てたものだが、天井を高く設計したので、響きはよい、と評判だ。定員は40名ほどだが、50名も可能。ピアノは少し古いが、Steinway & Sons 製。本格的な録音設備はないものの、コンデンサーマイクを使った携帯録音機でも、ライブ録音は思いの外良い。と、ここまでは手前味噌。

当初は年4,5回ほどコンサートを開くつもりであったが、集客に苦労するので、つい間延びしがち。少しでも集客に役立てばと、東松山市の人気のケーキ店「モン・プレジール」のケーキと手注ぎのコーヒーを出している。元々営利目的で作ったわけでないのであるが、毎回赤字。老後の道楽と割り切っている。

このホールに関して、夢はここを拠点とした合唱アンサンブルを作ること。それにはやや力不足か。さらに年齢が・・・。同志を募ります。
 

2013年6月5日水曜日

歌詞の持つ意味

 言うまでもないことだが、おなじ音楽でも器楽曲と声楽曲との本質的な違いは、後者では旋律に言葉がまといついていることである。しかも、言葉が持つ子音や母音の響きが個々の音に彩りを与え、言葉の意味が旋律に色合いを添える。
 優れた作曲者や、作詞者はこれらのことを意識的に、また時に無意識的にこなしているのだろう。他方、声楽の演奏者は歌唱の中で言葉の響きを音に調和させ、意味を表現することに苦心する。

 西洋音楽は教会音楽とともに発展してきたが、世俗的な音楽を含め、当初は詩文に音楽が寄り添うものであった。やがて、音楽は言葉から離れ、独立して、新たな形式を求め、音楽の文法に則って作られるようになる。言葉は背景に追いやられ、意味は作曲者の想念の中に身を潜める。器楽曲の隆盛の時代を迎える。
 しかし人は歌うことを止めなかった。ヒトには言葉により物事を表象し、表現する基本的欲求があるからである。言葉による点では声楽は文学に重なる。違いは前者が楽音と結びつく点である。

 われわれアマチュアの合唱愛好者は歌う中で様々な言葉にであう。事前作業として、当然言葉の意味、歌詞が作られた背景、作曲者がその詩文と出会った経緯、外国語の歌なら、発音と語の意味、歌詞全体の意味を調べ、詩と音楽の幸福な出会いを確認する。訳詞の場合には、時々原詩とは全く曲想が違って見えるようなこともあって、興味深い。こうした下調べも歌う楽しみに入る。

 言葉と音楽が常に蜜月関係にあるとは限らない。旋律や和声、リズムが優先され、言葉が貶められているように見える曲もあれば、逆に、旋律に言葉を無理に押し込んだとしか思えない曲もまれにある。
 
 願わくは、音楽が言葉を引き込んでいるような曲、または言葉が音楽を紡ぎ出しているような曲を歌いたいものだ。



2013年1月28日月曜日

合唱団と指導者・指揮者の関係

  大方の合唱団は指導者・指揮者と良好な関係を保ち、楽しく合唱練習に励んでおられるであろう。しかし、一部には指導者との間に軋轢が生じたり、あるいは様々な不満を抱え、鬱屈したまま次第に団員の足が遠のくような合唱団もあるかもしれない。そこまで重症でなくとも、選曲や練習方法のマンネリ化から活動が停滞している合唱団もあるかもしれない。
 筆者が所属する合唱団で最近指揮者の交替があった。団員の一部には指揮者への不満があったようだが、おおかたは指揮者に同情的であったし、積極的に支持する声もあった。にもかかわらず苦渋の選択として指揮者の交替に踏み切りざるを得なかったのは、筆者の理解するところでは、つまるところ10年近く勤めた指揮者への「飽き」であったように思われる。理由は様々であろうが、次第に足が遠のく人も目立ってきていた。新しいメンバーが加わればいい刺激となり、組織も活性化するのだが、それもなく、むしろ比較的最近加わった人が離れていったこともこたえた。新しいメンバーが加わらないのだから、当然のことながら合唱団構成メンバーの平均年齢が上がる一方で、合唱レベルは現状維持が精一杯、むしろ後退すら見られるようになって来ていた。合唱団のじり貧どころか5年先、10年先の存続も危ぶまれた。特に創立以来のメンバーは事態を深刻に受け止め、町唯一のこの混声合唱団の灯火をなんとか守りたいと考えた。出した結論は団をいったん解散して、団の名称や指揮者、練習日を変え、新規に団員を募り、再出発することだった。前指揮者も理解を示し、足が遠のいていた団員も戻り、新たに数名が加わり、新しい指揮者のもと再スタートしたが、今のところは上々の滑り出しである。
 これら一連のプロセスに立ち会い、一団員として考えたことは、同好会的合唱団にも指導者・指揮者との間に「契約」と「評価」が必要だということである。これらは指揮者に対して厳しい態度をとると映るかもしれないが、契約を結ぶに当たって合唱団として目的や自己コンセプトを明確にする必要があるし、そのためには団としての自己評価が前提となる。大学においては学生による授業評価・アンケートが制度化されてすでに20年あまりになるが、学生に対して自己評価も合わせて求めているのが一般的である。
 評価は契約更新のためにも必要であろうが、指導・練習の改善に役立てるのが本来の目的で、一方的に指導者を評定するものではない。評価は双方的であるべきだし、また必ず自己評価を含むものであるべきだ。通常こうしたたぐいの評価は団員によるアンケートによることになるであろうが、決して指導者への不満のはけ口となってはならない。そのためには評価方法、評価項目の設定が重要となる。日本合唱連盟あたりにひな形を作ってもらえればと思う。もしかすると、筆者だけが知らず、すでにあるのかもしれないし、一部では行われているのかもしれない。
 もちろん全ての合唱団においてこれらが必要であるとはいわない。優れた指導者なら自省的で、団員の反応から指導練習を手直しするであろう。しかし程度の差こそあれ、わが合唱団が抱えた問題を共有する合唱団は少なくないのでは無かろうか。いまは蜜月関係にあっても、時間を経るとともに倦怠期を経て破綻を迎えることになるかもしれない。
 契約の更新と相まって、評価は適度の緊張と刺激を持たらすものでもある。練習が惰性に流れないようにするためにも、制度として「契約」と「評価」を取り入れたいものだ。

2013年1月6日日曜日

暮れのウィーン旅行 

 久しぶりでウィーンに出かけた。孫娘の「ウィーンのクリスマス市を見てみたい」の一言に大人たちが反応し、家族親戚総勢8名のウィーン滞在旅行と相成った。今は便利になったもので、飛行機便やホテルの予約から各種チケットの手配まで、全てインターネットで出来る。電話一つかける必要もない。
 ほぼ十年ぶりのウィーン。すっかり勝手が違うだろうと覚悟して出かけたが、当然のことながら、町の様子は変わらない部分が多く、変化に弱い高齢者は安心した。それでも観光客の多さ、特に、アジア系の人の多さには目を見張った。ほぼ四半世紀前に長期滞在した時にはアジア系はほとんど日本人だけであった。アジアの経済発展ぶりがこんな面にも表れている。
 あちらでは店の営業時間は「閉店法」という法律で規制されているのであるが、以前は土曜日は休日またはせいぜい12時か12時半までの営業、日曜日はもちろん閉店、クリスマスイヴ、クリスマス、大晦日も休業であったものが、今ではイヴや大晦日でも2時、3時まで営業するようになっている。昔ウィーン出身の知人が、欧米社会で最も労働時間が少ない国はオーストリアだ、と自慢げにいっていたのを懐かしく思い出される。
 全く変わらないものの一つに、市内を縦横に走る便利な交通機関の車内放送がある。停留所、停車駅の案内、乗り換え、さらには社会的弱者に席を譲るよう求めるアナウンス。アナウンスの声まで変わらないのだ。
 一枚の切符でバス、地下鉄、市街電車、近郊電車を利用できる便利さは相変わらずだ。到着したのが23日(日)の夕方だったので、月曜から1週間有効となるWochenkarte  (1週間乗車券)€15(約¥1650)を購入。遠出しない限り、これでまるまる1週間乗り放題だ。
 滞在したホテルはウィーン19区にあって、Livinghotelとうたったホテル。部屋にキッチンが付いていて少し長い滞在には助かる。ホテルの両隣が、"Spar"と"Billa"、ウィーンではどこでも見かけるスーパーだ。 ウィーン料理に飽きるとスーパーでおかずを買い、日本から持参した米を炊いて自炊するのも楽しい。
 ウィーン19区というと、いわばウィーンの山の手。実際都心や他の区から見ると少し標高も高く、13区、18区と並んでウィーンの富裕層が大勢住む閑静な住宅街。ホイリゲで名高いグリンツィングGrinzingもこの区にある。38番トラム終点から38Aのバスに乗り継ぎ、いわゆるウィーンの森を成す山の一つ、カーレンベルクには簡単にいける。昔「ウィーン何でも十傑」という週刊誌の記事で、「ウィーン人が最も住みたい街ベストテン」にこの19区からベストワンを始めいくつも選ばれていた。
 ホテルは都心まで市街電車で20分ほど。地図で見ると不便そうに見えるが、バスで10分足らずで地下鉄U4の起点ハイリゲンシュタットHeiligenstadtに。ハイリゲンシュタットは引っ越し魔でもあったベートーヴェン縁の街である。地下鉄U4を利用すれば、都心のどこでも簡単にアクセスできる。
 寒い季節に出かけたので、屋外の行動はあきらめ、オペラやコンサートのチケットを手配しておいた。孫たちが退屈しないように、子供でも楽しめるプログラムを考慮して、フォルクスオーパーの「ヘンゼルとグレーテル」と国立歌劇場のバレー「くるみ割り人形」、楽友協会ブラームスホールでは、日本でも馴染みの「ウィーン・リング・アンサンブル」のジルベスター・コンサートで一足早いミニ ニューイヤー・コンサート、さらには「フィガロの結婚」を鑑賞。さすがに孫たちは話の込み入った「フィガロ」は眠かったらしい。我が家で人気のウィーンフィルコンサートマスター ライナー・キュッヒルさんが、「くるみ割り」でもコンサートマスターを務め、リング・アンサンブルではヴァイオリンの他、大太鼓をも担当で孫も大喜び。キュッヒルさんはおそらく世界で最も忙しいコンサートマスターではなかろうか。リング・アンサンブルのコンサートがあった30日は昼間の11時からウィーンフィルのニューイヤーコンサートの期日前公演でコンサートマスターを務めている。現在62才の彼は21才でウィーンフィルの第2コンサートマスターに就任。ヘッツル氏が山で遭難死してからは第1コンサートマスターに。1昨年には日本政府から叙勲も受けている。
 帰国前日の日曜日には、街のシンボル聖シュテファン大寺院St.Stephansdomの日曜ミサに参列。といっても非キリスト教徒なので、後列でそっと見守るというのが実態。このような宗教行事もウィーンの月間プログラムに掲載されているので、ミサにおける音楽を鑑賞する目的で参列できる。
 肝心のウィーンのクリスマス市の方だが、到着が23日夕方であったので、翌24日のイヴに市庁舎前広場の市と26日にシェンーブルン宮殿の市に出かけた。豊富なものに囲まれて育った若い世代にはクリスマス市もさほど興奮を呼ぶものではなさそうで、Glühwein(赤ワインに甘味とシナモンを加えて温めた甘酒)を飲んで早々と退散。この度は暖冬で、カーレンベルクにも全く雪が無く、暖冬で、東京よりも暖かいほど。この季節には珍しく、後半は快晴に恵まれ、皆満足して元旦に帰国。



2012年10月20日土曜日

バスクの合唱団


 マーラーの交響曲第2番「復活」の演奏会が間近に迫った。市民オーケストラと市民合唱団を母体に、この演奏会のために結成された大半がアマチュアのメンバーであるが、オケ合わせを重ねるに従い、良くなってきた。前回の練習時には、合唱団はいつ立ちあがるかの指示があった。You Tube などで、どのタイミングで立つのか少し調べてみた。その中でこれはいいなと感じたのは、以前録画してあった2003年8月のルツェルン音楽祭でのアッバド指揮による演奏である。合唱団は合唱部分の半分は座ったままで、途中「勝ち取った翼で光に向かって飛び去ろう」が始まる前のところで立っている。ヴィデオでは立ち上がる場面が映っていないので、正確なタイミングはわからないが、この合唱部分に先行するソプラノとアルトのソロが歌われているときに違いない。歌詞の内容から見て、これもありだな、と思った。

 ところで、以前は見逃していたのだが、この演奏で歌っている合唱団はオルフェオン・ドノスティアラ Orfeon Donostiarra というスペイン北東部バスク地方の合唱団である。映し出されるメンバーの顔ぶれを見ていると、職業が様々のアマチュアの合唱団かと思ったが、それにしては技術も確かなので、改めて調べてみたところ、1897年にバスクの主要都市サン・セバスティアンで結成された110年以上の歴史のある合唱団ということである。これまでに名だたるオーケストラやマエストロたちとも共演している。その中には小澤征爾も含まれる。この合唱団のコンセプトの一つにバスク地方の音楽の保存と普及があげられている。更には結成以来アマチュアを維持しながら、高い芸術性とハーモニーの美しさへの飽くなき情熱を掲げる。(本合唱団ホームページ)
 
 欧州経済が混迷を深める中で、その震源地の一つに挙げられるスペインでは、バルセロナがその州都であるカタルーニャ自治州とバスク自治州がスペインからの分離独立を求める動きを強めている。両自治州は歴史的にみても常にマドリッド中央政府から遠心力を働かせてきたが、特にフランコ独裁体制のもとでは過酷な弾圧を受けた。ピカソの「ゲルニカ」は、スペイン内戦時にフランコ軍に加担したナチが、バスクの小さな町に対して行った世界最初の無差別殺戮を描いたものとして知られる。サッカーのスペインリーグ「リーガ エスパニョーラ」のFC バルセロナとレアル・マドリッドの対戦、いわゆる「クラシコ」は、中央対地域の代理戦争の様相を呈する。つい最近も第7節のクラシコではカタルーニャの旗がバルセロナのホームスタジアム カンプ・ノウに翻り、場外では独立を巡って舌戦が繰り広げられた。他方、バスク自治州の伝統ある有力チーム、アスレティック・ビルバオはチームコンセプトとして、バスク人選手のみを登録している。レアル・マドリッドがまるで世界選抜のようなチームであることとは対照的である。

 バスクの起源は不明であるが、一説にはクロマニヨン人の末裔ともいわれる。言語も、周囲のインド・ヨーロッパ語群とは全く関連を持たず、世界のどの言語とも系統的なつながりがない。バスクの人口は国境をまたぐフランス西部の住民を入れても300万足らず。世界有数の合唱団がこのスペイン辺境の地にその根拠をおいているのである。